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  • 櫻井千姫

ブログ限定小説「終わりのための11分」第九話

 その日は三人の男と寝て、午前三時に接客が終わった。いつものように西さんたちはラブホテルの一室を押さえていて、あたしはそこへ向かう最中、ドンキホーテで買い物をすることにした。目的はコスメ。聖良の持ってるチークが、薫の持ってるアイシャドウが、気になっていた。さすがドンキ価格、両方買ってもそこまで高くはない。アルバローザのバッグに買い物袋を押し込んで歩き出してしばらくして、自然と足が止まった。

 律希が男と肩を並べていた。三十代後半くらいの、似合わない茶髪で無理やり若作りしているような男だった。律希がデートボーイなのは知ってたけれど、いざこうして見せつけられると改めて実感する。律希はあたしと同じ方法で、生きているんだ。

 道玄坂の真下で、律希と男は別れた。別れ際、媚を売る顔で男に手を振る律希に、律希がそんな表情をするのを初めて見て、胸にプチッと爪楊枝で刺されたような痛みが走った。あたしも男たちと別れる時は、同じ顔をしているのか。こんなにみっともない、安っぽい娼婦の表情。あたしや律希の仕事は決して悪いことじゃないと信じているけれど、自分が今まで寝てきた男にずっとこんな顔で手を振り続けていたのかと思うとお腹の底がぐりぐりと熱くなる。

 男を見送った律希が振り返り、あたしに気付いた。ぱっと律希の顔にさっきとは違う本物の笑みが広がる。一週間ぶりの再会を、律希は素直に喜んでいた。

「偶然だね」

「うん、ほんと偶然」

 頭を赤く染めた男が、マジックマッシュルームの店の傍を通り抜けていく。三百六十五日眠らない街である渋谷だけど、さすがにこの時間になると人は少ない。

「律希、渋谷でも仕事するんだ」

「基本的には歌舞伎町だけどね。でも、円山町のほうがいいっていう人もいるから」

「男同士でラブホに入っていく時って、受付の人はどんな顔するの? うっわー、ゲイだー、みたいな目で見てくるの?」

「そういうカップルは別に珍しくないから、そんなことないよ。内心ではうっわー、って思ってるのかもしれないけど、表には出さない」

 一週間も沈黙があったのに、昨日の続きみたいにぽんぽん会話が飛び出してくる。気付いていた。あたし、この男の子のこと、結構気に入っている。

「全然連絡くれなかったけど、何してたの?」

「ずっと仕事」

「毎日?」

「木曜日だけお休みにしてるけどね。後は毎日、渋谷にいる」

「千咲はもう、渋谷が庭みたいなものだね」

「この街のことなら、隅から隅まで知り尽くしたよ」

 着なくなったギャル服を買い取ってくれる店があること。駅の反対側にブルセラショップがあること。コンドームはどこが一番安く売っているか。自分で歩いて、薫や西さんたちから聞いて、知った。あたしはもうすっかり、渋谷の住人だ。

「ねぇ、律希って男としかセックスできないの?」

 直球を投げると、律希は丸い目をより丸くさせた。

「どうなんだろう。女の人とはしてみたことないから、わからない」

「じゃ、ある意味童貞だ」

「ある意味ね」

「その童貞、あたしがもらってもいい?」

 え、と律希の掠れた声が返ってきた。

 別に律希を好きになったとか、意識しているとかいうわけじゃない。ただあたしはもっと、知りたかったのだ。不思議な能力を持つ、あたしと同じ仕事をしているこの男の子のことを。好きじゃないけど、興味があった。

「どう、嫌?」

「嫌じゃないけど……」

「嫌じゃないなら、今からホテル行こ」

「え? 今から? え? 本気で?」

 戸惑う律希に向かってこくりと深く頷いた。

 その二分後、あたしは薫にこれから男友だちとホテル行く、今日はそっちに泊まらないから、という旨のメールを入れた。




  第五章 初夜




 ピンクのカーテンに、小薔薇が描かれた壁紙。男が想像する「可愛い女の子の部屋」ってたぶんこんなふうなんだろうな、と思う少女趣味なラブホテルの一室は、パネルで想像した以上に狭かった。申し訳程度にソファーとテーブルとテレビが置いてあるだけで、荷物を置く場所すらほぼ、ない。少女趣味な部屋が落ち着かないのか、生まれて初めて女の子とこういうところに来たのが落ち着かないのか、その両方か。律希はきょろきょろと辺りを見回した後、そんなもの見る必要ないのにホテルの注意書きに目を落とした。

「外出する時は、フロントに一声かけてくださいって」

「そんなのどこのラブホも一緒じゃん。律希、デートボーイなんでしょ? そんなの今さら見てどうするのよ」

「いや、なんとなく、見たくなって」

 もじもじと言う律希に直感した。なるほど、この男の子は、あたしとこれからセックスすることに初体験を迎えた男の子みたいに緊張しているんだ。ある意味たしかに初体験なんだけど。

 そう考えると、少しだけあたしも興奮してきた。和之も初めてだったし、エンコーでもキャッツでも童貞のお客さんを相手にすることもあるので、童貞とのセックスには慣れている。でも律希みたいな、若くて可愛い男の子とお金のやり取りなしにセックスするなんて、よくよく考えたら初めてなのだ。

「シャワー先浴びてきていいよ。あたしメイク落とすし、時間かかるから」

 そう言うと律希は先生の言うことをなんでも聞く優等生みたいな顔でバスルームに行った。

 律希のシャワーは、思いの他長かった。水音が終わった後、洗面所で肌の手入れをしている気配がする。さすがデートボーイ、男でも若い頃からのお肌の手入れは大事だ。

 白いバスローブに身を包んで出てきた律希は、初仕事を控えた若いAV男優を想起させた。その通り口にすると、律希はやっと緊張が緩んだのか、少しだけ笑った。

「律希、AV男優にはならないの? 男にもそういうの、あるじゃん。ゲイの人たちが好んで見るやつ。律希ならルックスも可愛いし、イケると思うけど」

「うーん、どうだろう。今のところは考えてないけど」

「律希は絶対ネコだよね」

「ネコしかやったことない」

 つまり、ペニスを挿入した経験がないってことか。よく、女のほうが男より気持ちいい、なんて言うけれど、挿入して射精する瞬間の男はみんな史上最上級の幸福を味わっているようにあたしには見える。イクぅ、と悲鳴みたいな声を上げる男もいる。あああぁっ、と声にならない声を漏らす男もいる。中には十、九、八、七……とカウントする男もいた。あれは、笑いをこらえるのに苦労した。キャッツの名物客で、あだ名は「ロケットくん」だ。

 律希が入った後のバスルームで、念入りに、でも手早く、シャワーを浴びる。二ミリほど伸びている腋毛が気になって処理しようと洗面台のアメニティグッズをチェックすると、さすが格安ラブホ、カミソリすら置いていない。仕方ないのでメイクを落とし、一人分しか入っていないアメニティの化粧水と乳液で肌の手入れをした。律希はいったい、どうやって肌の手入れをしたんだろう。気合の入ったデートボーイだから、トラベルサイズの化粧水ぐらい持ち歩いていてもおかしくないけれど。

 下着の上にバスローブを身に着けて部屋に戻ると、心ここにあらずという様子で携帯をいじっていた律希があたしを見て目を丸くした。

「千咲、すっぴんだと本当に十六才に見える」

「仕事の時は濃いメイクしてるからね。十八歳未満は怖いから嫌、って警戒するお客さんもいるから。アンダーのホテトル嬢はみんな、メイクで年齢誤魔化してるよ」

「勿体ないな。千咲のすっぴん、可愛いのに」

 可愛い、と言われたのが嬉しくて、あたしはベッドの横に座って律希を抱き寄せ、おでこにキスをした。律希は唐突のキスに硬直していた。そんな反応に興奮してしまい、あたしは律希のおでこに、鼻の根元に、ほっぺたに、何度もキスをした。

「律希もして」

 そう言うと、律希は中学生のファーストキスみたいに、可愛らしい口づけを一度、唇にしてくれた。

 律希のバスローブを脱がせ、行為を始める。律希のトランクスの中身はこちらが恥ずかしくなるほどびんびんに張りつめていて、この子は本当にゲイなのか、と疑わしくなる。桜の蕾みたいな乳首に口づけると、律希はみっともなく腰をくねらせ、興奮していた。反応が完全に女の子で、そこがこの男でも女でもない律希には相応しく、いつのまにかあたしのショーツの中も潤っていた。

「律希も、してよ」

 そう言ってバスローブを脱ぐと、律希はピンクの花柄のブラとお揃いのショーツをまじまじと見ていた。ちなみにショーツは紐パンである。

「これ、紐、ぴゅってやったら取れるやつ?」

「取れるやつ。いいよ、ぴゅってやって」

 そう言うと律希は慎重にクリスマスプレゼントのリボンをほどく幼稚園児のように、あたしのショーツの紐を解いた。片側だけ露わになった太ももに律希が口づけた時、自分でも信じられないほど淫らな声が出た。

 律希は、ブラジャーのホックのはずし方も知らなかったけれど、すごく上手かった。あたしにされた時の事をちゃんと覚えていて、その真似をしてくる。爪先にキスされた時は、そこがヴァギナになったかのように恥ずかしげもなく感じてしまった。客とする時は苦痛でしかない太ももや胸への愛撫も、不思議なくらい律希だと気持ち良いのだ。律希はBカップの胸を揉みしだきながら、素直な感想を口にする。

「女の人のおっぱいって、こんなに柔らかいんだね」

「人によると思うけど。筋肉ついてる人は、固いらしい」

「でも千咲のは柔らかいよ。大きさも丁度いいし」

「そうかな。Dカップ、せめてCカップくらいにはなりたいんだけど」

「なるんじゃない? こういう仕事長くしてると、自然と女の子は女の子らしい身体になるんだって。まだ十六だし」

 そういえば西さんも前に同じような事を言ってたな、と律希に先端を擦られながら思う。

 ぐじゃぐじゃになったあたしの股間を覗き込んだ律希は、心から声に驚きを込めた。

「女の人のあそこって、みんなこうなってるの?」

「知らない。他の人の見たことないから。グロいでしょ? 男のより」

「いや、そんなことないよ。千咲、肌白いからかな。すごいきれいなピンク」

「よく、ヤリまくってると黒くなるっていうけど」

「それは嘘だって。僕も毎日仕事してるけど、あそこ、ピンクだし」

 そう言いながら、律希が股の付け根にキスをしてくる。

 律希はクリトリスがどこなのかも知らないのに、舌使いはほとんど完璧だった。入口のびらびらした、普段なら絶対感じない部分まで律希の舌に触れるとぼわん、と快感が迸る。女の子のあそこを愛撫するのが初めてだと言う律希にあれこれ、レクチャーをした。律希は飲み込みが早く、クリトリスを舌先で愛撫する術を教えてあげると、二分くらいで上りつめてしまった。全身を痙攣させながらイクあたしを、律希は蝶の蛹が羽化するところを観察するような目で見つめていた。

「すっごい良かった。上手いよ律希」

「ありがとう」

「律希はまだ立ってる?」

「興奮してる千咲見てたら、我慢汁がすごい」

 その部分が染みになって溢れているトランクスを脱がし、律希の可愛らしいペニスを丹念に愛撫する。律希は本当に感じやすくて、アヌスを舐められている時なんてこちらが恥ずかしくなるくらいの声を上げていた。試しに指を入れてみると、前立腺に当たったらしく、「もうイキそう」と苦しげな声を漏らす。ここで射精されてしまっては敵わないので、慌てて指を抜く。

「イクなら、中でイッて」

 ホテル備え付けのコンドームをささっと装着し、あたしが馬乗りになって挿入した。律希は快感を自ら貪ろうと、さんざん腰を突き上げてくる。正常位になった後、律希は早かった。あたしの身体をぎゅっと抱きしめながら、ゴムの被膜の中に激しく声を上げながら射精する。五分にも満たない短い挿入時間だけど、あたしは満足していた。律希が可愛すぎて、愛しくてたまらなくて、いつまでも繋がっていたくてベッドの中で手を握り締めた。

「ごめんね。僕、早くて」

「ううん。あたしが狭すぎたんだよ」

 十六才の身体はまだ成長しきっていないらしく、お客さんからもよく「狭い」と言われる。濡れないので仕事中はいつもウエットトラストを仕込んでいるけれど、あたしは実は名器の類に入るらしい。

「知らなかった。セックスがこんなに気持ち良いなんて」

 感動したように言う律希がたまらなく可愛くて、握った手に力を込める。

「女とセックスするのも、悪くないでしょ?」

「仕事でするのと、全然違った。めちゃくちゃ興奮した」

「あたしも。やっぱ、プライベートでセックスするのって大事だね。毎日お仕事セックスだけじゃ、あそこ干からびちゃうよ、そのうち」

 顔を見合わせ、あたしたちは笑った。

 テレビを点け、一緒に深夜番組を観ていた。どうでもいいお笑い芸人が、どうでもいいグラビアアイドルと、どうでもいい話をしていた。スタジオに響き渡る、どこか寒々しい観客の笑い声。律希は面白そうに観ていたけれど、あたしはどうにも興が覚めてしまい、ホテル備え付けの冷蔵庫からペットボトルの水を取り出してぐびぐび飲んでいた。セックスの後は喉が渇く。

「あたしたち、別に付き合わなくていいよね?」

 テレビに見入っている律希に言うと、律希はぎょっとした顔でこちらを見た。

「僕はどっちでもいいけど。千咲は、そうしたくないの?」

「したくない。今は恋愛とか、とても、そういう気分になれないから」

「そ、か」

 律希は呟いて、またブラウン管に目を戻した。

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