第十二章 奇跡
あたしと同い年ぐらいの客は長い髪をひっつかみ、ガンガンと激しいイラマチオをしてくる。
喉の奥まで侵入してくるペニスが苦しく、あたしは息さえもろくにできない。弱弱しく泣き声を漏らすと、客はより興奮したらしく、その手の、その腰の、動きがよりいっそう激しくなる。
「もっと喚けよ」
そんな事を言いながら髪の毛を何本もちぎっていく客に虐められ、あたしは地獄にいる気分だった。イラマチオ地獄。
歌舞伎町にあるこの店は、イラマチオの専門店だ。三十六歳になったあたしは、普通のヘルスやソープでは稼げないほど容姿のレベルが落ちていた。あの頃は一日働けば五万、六万が簡単に手に入ったのに、今ではこんな店でも一日二万がいいところ。一本だけの日もあるし、お茶の日も普通にある。
コロナの影響もあって、時代は風俗氷河期に突入していた。
「君、なかなかよかったよ」
シャワーを浴びた後、頭をキンキンの金髪にした客はそう告げた。ジムで鍛えたであろうみっしり筋肉がつまった身体はなかなか魅力的なのに、性癖がドS。こんな店じゃなくて普通のソープやヘルスだったら、この容姿ならこちらもそこそこ楽しめるプレイが出来たはずなのに。
「そうですか。ありがとうございます」
「お小遣いあげる」
ヴィトンの財布から一万円札を出してくれるので、ありがたく頂戴する。今日はこの仕事一本なので、一万円は貴重だ。
もうすっかり覚えてしまった歌舞伎町の迷路のようなホテル街を抜け、事務所と待機所がある古ぼけたマンションに到着する。いつ幽霊が出てもおかしくないこのマンションには、デブ専の店からSMクラブまで、ありとあらゆる種類の風俗店が詰まっている。
「お疲れ様です」
待機所のドアを開けると、お疲れ様です、と声が返ってくる。この店で働く女の子たちは、みんなどことなく覇気がない。どの子も若いのに容姿が極端に劣っていたり、逆にあたしより年上のおばさんもいる。イラマチオ専門店は、まともな風俗店では雇えないレベルの女を集めた吹き溜まりだ。
「今日は、みんな一本?」
既に時刻は二十三時を回っていた。待機所のあるホテヘルスタイルの店は、二十四時以降は営業できない。この店に勤めて半年、なんとなく仲の良かった女の子たちに言う。ちなみにみんな、あたしより後輩だ。
「一本つくだけいいじゃないですか。あたしなんて今日、お茶ですよ」
泣きそうな顔でカオルが言う。ちなみにカオルはあの薫とは別人だ。
薫が、聖良が、ひよりが、今どこで何をしているのかまったく分からない。鑑別所でも少年院でも会わなかったし、きっとあたしとは別の施設に送られたか、それか、みんな初犯で親もいるから、ユキの言葉どおり家に帰されたのか。
薫は美容部員になれただろうか。聖良はトリマーになれただろうか。ひよりは漫画家になれただろうか。
夢を語っていたあの子たちの姿か、今もあたしの心の中の古いアルバムできらきらしている。
ホテトル嬢だったけど、毎日ザーメンまみれだったけど。
あれがあたしの、青春だったんだ。
「そっか。大変だね」
「サキさん、何気に指名多いですよねー。羨ましいな。何かコツとかあるんですか?」
「特にないけど……」
「あたし、こういう店で働くの、初めてだから。まったくわからないんですよね」
二か月前に入店してきたカオルは、務めていた会社が潰れて生活に困って風俗を始めたらしい。
このご時世、こういう女の子は別に珍しくない。会社が潰れたり、仕事が回ってこなくなって、夜の世界に足を踏み入れる女の子。だから風俗は需要は相変わらず少ないのに、供給ばかりが増える困った状態になっている。
ラジオで「コロナが終わったら普通の女の子が風俗で働く」と発言して炎上したタレントがいたけれど、実際、まるでそのとおりになってしまったから笑えてしまう。あのタレントの発言どおり、「普通の女の子」を求めるお客さんも多くなった。
だからカオルみたいな、容姿はあんまり優れていないけれど、夜の世界ビギナー感満々な子は稼げるんだろうけれど、実際、そうでもないのが不思議なところだ。
「まぁ、しょうがないよ。今日、木曜日だし」
「木曜日っていつも暇ですよね」
「木曜はいつもこんなもんだよ。どの店もこうだと思う。まぁ、プレイがあんまりきついなら、別の店を探してもいいかもね」
「サキさん、ありがとうございます。すごく参考になります」
千咲、と本名を使って働いたのは「キャッツ」だけで、その後に働いたどの店でも「サキ」と名乗っていた。ありふれた名前なのに、なぜか先輩の「サキ」ちゃんがいることもなくて、今では千咲が名前なのか、サキが名前なのか、どちらかわからなくなっている。
久しく、千咲、と誰かに呼ばれていないから。
「今日はごめんね。一本しかつけれなくて」
事務所で給料を受け取る時、四十を少し過ぎたくらいの店長が言う。本当に申し訳なさそうに。
「いや、大丈夫です。明日から日曜日まで、三連チャンオーラスで出勤するんで。それで取り返します」
「サキちゃん、そんなに頑張ってて大丈夫? うちのプレイはきついから、あんまり無理しちゃ駄目だよ。身体やメンタルを崩して辞められたら、こっちが困るんだから」
心配してくれているようで、実は自分の心配しかしていない言葉に苦笑しか出てこない。
新宿駅へ向かって歩きながら、ホテル街の観察をする。客引きっぽい男の人。寄り添う一目でパパ活だとわかるカップル。仕事用のカバンから鞭がはみ出しているSM嬢。歌舞伎町は、駄目人間の巣窟だ。
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