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  • 櫻井千姫

ブログ限定小説「終わりのための11分」第十話

「えー、それで結局、セフレ状態なの!? ありえなくね!?」

 カラオケ館の中、薫が目を丸くして声を上げる。あたしの話を聞いていた聖良とひよりは苦笑いをしていて、西さんと東さんもやっぱり苦笑しながら、煙草を吸っていた。十五時から店を開けているけれど、今日のキャッツは暇だ。

「その子、マジ良い子そうじゃん。付き合えばよかったのに!」

「ホテトル嬢とデートボーイのカップルなんて、絶対上手くいかないでしょ」

「ま、その判断は正しいかもね」

 西さんがマイルドセブンの灰を落としながら言う。今、冷静になった頭でも改めて思う。ここで必要以上にあたしが律希に情を移したら、律希があたしに情を移したら、二人ともめちゃくちゃになるに決まってる。だいいち、あたしの心の中には今でも祐平が大きく存在しているのだ。

「えー、勿体ないー。千咲に彼氏できて欲しかったなぁ」

「薫は人より自分のこと心配しなよ」

「あは、言ってくれるねー! そういえば、聖良はどう? 例の年上の彼氏とは、上手くいってる?」

 クリームソーダを飲んでいた聖良が泥水を啜っているような顔をした。

「正直、あんまり。キャバ辞めなって、すっごくうるさいの」

「うわ、キャバでもそれかー。ホテトルなんて言ったらその人、気が狂うだろうね」

「自分から言わなきゃまず、バレないんじゃない?」

 ひよりが言うと、東さんが首を振る。

「こういう仕事をしている女の子って、自分ではわからないけれど、オーラみたいなものが風俗になっていくんだよね。俺なんて業界長いから、すぐわかる。その人は勘が鋭いみたいだから、聖良ちゃん、本当に気を付けないといけないよ」

「気を付けるって、具体的にはどんな事に?」

 聖良が真顔で言った。

「例えば、デートに毎回違う服を着て行かないとか。高いバッグとかを持っていないとか。そういう事、すごく大事。この子、やたらお金持ってるんだなぁ、って感づかれるだけで、水商売じゃなくて風俗だなんてわかっちゃうよ」

「その点ならうちらは大丈夫ですよ、東さん。服もバッグも、マルキューとかばっかだもん。コスメもデパコスじゃなくて、メイベリンとか安いのばっかだし。ねー聖良」

「うん。でも私、確かにその人に会う度、毎回違う服着てたかも……デートだからって、気合入れて。そこは反省しないとなぁ」

「ほんと、そういう簡単なことでバレちゃったりするからね。気を付けるに越したことはないよ」

 東さんのアドバイスに、聖良がこくこく、頷いている。

 東さんの言葉を、自分の事に置き換えて考えてみた。別に律希とこれからどうこうというつもりはないが、お互いの仕事を知っている、という点で見れば、仕事を隠しながら付き合い続けなければいけない聖良より、遥かに恵まれているのかもしれない。風俗嬢は、別に悪い仕事ではない。でも、周りの人を傷つけてしまう仕事ではある。本人が納得していても、家族や友だちや恋人の理解を得るのはまず不可能と言ってもいい。特にあたしたちは、違法デートクラブで働く十八歳未満のホテトル嬢なんだから。

 一方で、「なんでこの仕事をしている事を隠さなきゃいけないんだろう」と思う事もある。悪い事をしているわけじゃないのに、なんで後ろめたく思わなきゃいけないのか。薫も聖良もひよりも、毎日キャッツに出勤しているくせに、親バレにはひどく気を遣っている。あたしにはそもそも、大切にしたい、と思う人間関係がなかったから、今頃一人娘が家出して精神状態がヤバいことになっているであろう親も含め、誰にも仕事の事は隠していない。

 それはとても恵まれている事であり、同時に、ひどく悲しい事でもある。

「西さーん! 今暇だから、みんなでちょっとマルキューでご飯してきていい?」

 携帯をいじりながら薫が言った。今日の薫は、マウジーのピタピタのデニムを見事に穿きこなしている。

「いいよー。電話さえ繋がれば、どこにいても。正直今日は、日が暮れるまで暇だと思うんだよなぁ」

「やったー! ねぇみんな、何食べたい? いい加減マックにも飽きたっしょ?」

「わたし、パスタとか、そっち系が食べたい」

 ひよりが珍しく自己主張をした。

「私もパスタに一票!」

 聖良が元気よく手を挙げ、あたしも倣ってひょこっと手を挙げたことで、満場一致。暇なホテトル嬢四人組は、マルキューのレストランでパスタを食べる事になった。みんな、そもそも朝からろくな食事を摂っていないし、今はランチタイムも過ぎたので、マルキューのレストランは空いているはずだ。

 パスタの好みは、見事にバラバラだった。薫は海老とトマトのクリームパスタ、聖良はカルボナーラ、ひよりはペペロンチーノ。あたしはダイエットを意識して、きのこがメインの和風パスタにした。しばらく四人、無言でパスタにがっつく。食事が終わると早速、仕事の愚痴大会が始まる。こんな話はあまりカラオケ館以外ではしたくないのだが、マルキューのレストランで隣の客の会話に耳をそば立てている人間観察しか趣味のない馬なんざあたしたちは気にしない。

「夕べの客さー、アナル舐めてほしいって言ってきたんだよ? 馬鹿じゃね? 誰がキモいおっさんのアナルなんか舐めて喜ぶのよ」

「わかるー! 私、洗ってないおちんちんは平気だけど、アナルは無理。トイレットペーパーとかついてたら最悪だよね」

「わたしはちゃんと身体を洗っておけば平気かな。お客さんが洗うんじゃなくて、わたしが洗うの。ソープしっかり泡立てて、アナルまで念入りに」

「ひより、そういう時は胸使って擦りつけたりとかするわけ?」

「キャッツはソープランドじゃないよ」

 尤も過ぎるひと言に薫と聖良がバカ受けする。あたしも、合わせて唇を笑いの形にする。

 客のアナルなんて絶対舐めたくないのに、なんで律希のアナルを舐めた時はあんなに興奮したんだろう。仕事なら絶対そんなことしないが、「前立腺」に興味があって、うっかり指まで入れてしまったし。あんな事をしたのは、初めてだ。

「ねぇねぇ、みんなは将来の夢とか考えてる?」

 聖良が急に、話をホテトル嬢の日常トークから青春真っ盛りの女子たちのものに変えた。

「私はね、トリマーになりたいんだ。うち、小さい頃から犬を飼ってて。動物に関わる仕事がしたいの」

「聖良がそんな夢持ってるなんて、初めて聞いた」

 ひよりが驚いた顔をする。たっぷりと厚みのある唇が、オリーブオイルでてかてか光っていた。

「だって、ずっとこの仕事続けるわけにもいかないでしょー? 今から将来の計画は必要だよ」

「聖良、偉いね」

 そんな事を一度も考えた事のなかったあたしは、素直に言った。聖良がはにかみながら笑う。

「まぁ、まだ全然、計画段階だけどね。もうちょっとしたら、トリマーになれる専門学校とか調べようと思ってるの」

「わたしも漠然とだけど、漫画家になりたいんだよね。小学校の時から絵を描くの、好きで」

「ひよりが漫画家!?」

 あたしと薫が声を合わせた。ひよりが聖良よりもずっと、恥ずかしそうな顔をした。

「自由帳に、よく描いてた。落書きみたいなものだけど……」

「えーすごい! 今からサイン貰っとかなきゃ」

「薫、飛躍し過ぎ!」

 聖良がツッ込んで、ひよりの頬が赤くなる。しかし、あたしの目から見ても、確かにひよりはクリエイタータイプだ。おとなしくて、感情を溜め込む性格は、そういう仕事に適しているんじゃないかと思う。中学の時妊娠して堕胎した話を漫画にしたら、かなりウケるかもしれない。

「どんな漫画書くの? アンダーホテトル嬢の実体験レポとか? 面白そう~!」

「薫には悪いけど、そんなのは書かない。普通の、きれいな、少女漫画が描きたいかな」

「NANAみたいなやつ?」

 聖良が言って、ひよりがそうそう、と頷く。NANAは聖良とひよりに薦められて少しだけ読んだのだが、好きになった男の事しか考えていないそのへんの少女漫画より、しっかりリアリティがあって、ナナが格好良くて、面白かった記憶がある。

「あたしは、まだ計画段階なんだけど。メイクの道に進みたいかな」

 薫が言う。メイクが誰よりも上手い薫がその夢を持つのは、トリマーや漫画家よりずっと自然な事のように思えた。

「マルキューのマリークワントとかで、美容部員、やりたいんだよね。伊勢丹とかもいいなぁ」

「薫はメイク上手いもんね。今だって、キャッツの美容部員みたいなもんだし」

 そう言うと、薫はえへん、とノーズシャドウをしっかり塗った鼻をさらに高くさせる。

「マリークワントの店員さんって、メイク、下手くそじゃん? うちらみたいなギャルがしたいメイクを分かってくれない! この前マリークワントでファンデ買った時、めっちゃ変な顔にされたもん」

「わかるー! 美容部員さんって、ナチュラルメイクしかしてくれないんだよね。なんか、おばさんみたいな顔にされるの!」

 聖良の言葉に、薫がそうそう、と頷いている。実際、渋谷のギャルたちは、そんじょそこらの美容部員よりメイクが上手いのだ。

「そういうの、あたし、嫌なんだ。ギャルにはギャルのメイクを、おばさんにはおばさんのメイクを、その人に合ったのをちゃんとしてあげたい。お客さんを笑顔にさせる美容部員になりたいんだ」

「じゃあ私は、わんちゃんとその飼い主さんを笑顔にさせるトリマーになる!」

「わたしも、読んだ人が笑顔になる漫画を描きたいな」

 なんだか、話が急にキラキラしてきた。将来の夢なんて具体的に描いた事のないあたしは、当惑してしまう。

 みんな、その日暮らしだって思ってた。仕事で稼いだお金は服やバッグにさっさと使ってしまって、貯金なんかしないで。でもみんな、あたしの想像以上にちゃんと考えていた。自分たちがこれから、歩いていく道のことを。

「千咲はなんか、夢とかないのー?」

 薫が聞いてくる。聖良とひよりも、あたしを見る。あたしは啜っていたアイスティーから唇を離し、ぽつんと言った。

「特にないけど、しいて言えばお嫁さんかな」

「お嫁さん!? 千咲に結婚願望なんてあったの? いっがーい!」

「薫が言うような、真面目な志望動機じゃないよ。ただあたしは、仕事したくないだけ。自分が働くより、好きな人を見つけて。その人を支える生き方がしたいの」

 好きな人は、既に見つかっている。

 祐平だ。

 あたしは小さい頃からずっと、祐平のお嫁さんになりたかった。それ以外になりたいものなんて、なかった。

「何それ、めっちゃ真面目じゃん! あたし、男を支えたり、尽くしたりするのなんてまっぴらごめんだもん。なんだかんだ千咲って、いいお嫁さん、いいお母さんになるタイプだよね。二十五くらいで、三人とか子どもいそう」

「そんなに産まないって」

「なんだかんだ、千咲の夢が一番まともかもね」

 ツッ込みをスルーして、ひよりが言った。

「トリマーも、美容部員も、貰えるお金ってすっごく安いもん。漫画家だって、なるの大変だし、なれたところでそれで食べて行ける人なんてひと握り。今は女も男並みにバリバリ仕事する時代だって言われてるけれど、現実はまったく追いついてないんだよ。女は安定した金持ちの男を捕まえるのが、なんだかんだ一番幸せなんだから」

「ひより、頭良いんだね」

 聖良が目を見開いている。ひよりは複雑そうに頷く。

 美容部員になれたところで、トリマーになれたところで、漫画家になれたところで、みんな身体を売る仕事はやめられないだろう。雀の涙並みの給料で生活費を稼いだって、多感な時期に覚えた贅沢の味は忘れられない。オートロック付きのマンションで一人暮らしするために、好きな服やバッグやコスメを買うために、原宿の美容院に通うために、あたしたちはおばあちゃんになるまで身体を売り続けるのだ。

 誰かに教えられたわけじゃないけれど、既になんとなく、わかってしまっていた。

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