検索
  • 櫻井千姫

運のいい人、悪い人

こんにちは、千姫です。


散歩を兼ねて近所のスーパーへ行ってきたら


道端でヒルガオ(で、合ってますかね?)が咲いていました。


初夏から夏にかけて咲く、儚げな薄桃色の花。


どこにでも咲く野草なので、みなさんもお散歩がてら探してみてくださいね。

今日はちょっと、開運アドバイザーとしての観点からブログ書かせて頂きたいと思います。


小説家として活動する傍ら、いろいろな人に開運アドバイザーとして


吉貯金講座やカウンセリングやらせて頂きましたが


すぐ開運する人もいれば、なかなか上手くいかない人もいます。


それはその人の持っている運の性質にもよります。


誰でも運のいい時期、悪い時期はありますし、


引っ越しなどで凶方位へ行っていると、ちょっとやそっと開運アクションしただけでは、なかなか効果は出ない。


吉貯金も氏神詣でも恵方参りも、一回行っただけですべての悩み事から解消され、即ハッピー!!とはならないのです。


だから運のいい人になりたいなら、すぐに効果が出なくても、粘り強く開運アクションしてもらう、ということと。


もうひとつ、ポジティブであってほしいということ。


開運アクションをして、特にいいことがあったわけではないけれど、「なんだか気持ちが穏やかになりました」


とか、そういうふうに言っていただける人は、どんどん開運していくんです。


開運アクションを一度したからって、宝くじに当たる!!ということではないんです。


必ずしも、わかりやすい形で運が良くなるわけじゃない。


それでも、ちょっと気持ちが明るくなったとか、体調がなんとなく良くなったとか。


開運アクションをしたことでの変化、それがどんなに些細なものであっても、それを喜ぶ気持ち。


それが運を加速させてくれます。


もちろん、ポジティブになれと言っても、なんでもかんでもポジティブ思考になれと言っているわけではありません。


人間なんだからネガティブな気持ちになることもあるし、愚痴を言いたくなる時だってある。


そのことが悪いわけじゃないんです。


ネガティブな気持ちが問題になる時は、その気持ちがずっと続く時だけです。


四六時中、年がら年中ネガティブでいたら、体調もメンタルも崩すし、その結果運も低下することは、


スピリチュアルの観点を持ち出すまでもなく、当たり前のことでしょう。


ゴールデンウィークが終わっても以前ウイルスに対する警戒を求められるこのご時世は、


決してポジティブ思考だけではいられません。


危機意識を持つことは必要。


一方で、やたらめったらに怖がらず、ポジティブに自分を保つことも必要。


経済的な不安、リモートワークという新しい仕事の形への戸惑い、休校中のお子さんへの心配。


誰もが何かを抱えて生きている今ですが、そういう時こそ気持ちを明るく保ってほしいと思います。


いちばん誰もが手軽にできるのは、氏神詣で。


ステイホームといえど、近所の神社に行くくらいなら、大丈夫だと思うので。


神社がよほど混んでない限りは、密にもなりませんからね。


自然が美しいこの季節は、神社に行くととても気持ちいいです。


氏神様で、深呼吸。是非、実践してほしいなと思います。


それでは、今日もこの言葉で締めましょう。


人類がコロナに勝利した姿をイメージして。


ヴィクトリー♡

32回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

ブログ限定小説「終わりのための11分」第二十三話

第十一章 塀の中 「ちょっと慌ただしいけど、ごめんね」 刑事たちは、思ったよりも優しかった。深夜に覆面パトカーに乗り、警察署に連れて行かれたあたしを、ちゃんと気遣ってくれる。向こうも相手が未成年で、しかも女子ということで、それ相応の心構えをしているのだろう。 「あそこでは、いつから働いてたの?」 「今年の五月からです」 「家出人の捜索願いが出てる。家出してたんだね。理由は?」 「……黙秘します」

ブログ限定小説「終わりのための11分」第二十二話

あるところでぷつんと、意識が途切れた。テレビを切ったかのように、視界が失せ、聴覚が失せ、なんにもない「無」の状態に放り出された。 それがほんの数分のことだったのか、一時間、二時間に及ぶものだったのかわからない。 気が付けばあたしは薫の家の近くの小さな公園でベンチに座っていた。日はとっぷり暮れて、世界は薄墨色に染められている。公園の外灯が、あたしと律希の座っているあたりをまぁるく照らしていた。 律希

ブログ限定小説「終わりのための11分」第二十一話

待ち合わせは十八時、駅から少し離れたところにある、住宅街のど真ん中にある小さな公園だ。遊具は滑り台とブランコ、シーソーが申し訳程度にあるだけ。どれもまったく手入れがなされていないのか、ブランコなんて乗った途端に崩れ落ちそうなほど板が傷んでいる。こんな危なっかしい公園で子どもを遊ばせる親なんていないし、当然、遊ぶ子どももいない。だいたい、夏場とはいえ、十八時は都会の子どもが出歩くには遅過ぎる。 律希